-出願はスタート。活用設計がないと『満足』で終わる
「うちも特許を取ったほうがいいですか?」
製造業の経営者から、よく出る相談です。新しい工夫が現場で生まれたとき、特許という言葉が頭をよぎるのは自然です。
ただ、ここで最初に押さえたいことがあります。
出願はゴールではなくスタートです。特許を取った瞬間に安心してしまい、そのまま活用されずに終わるケースは少なくありません。特許は「持っているだけ」では、受注も利益も守ってくれないからです。
では、特許を「経営の武器」にするために、出願前に何を決めるべきか。
結論はシンプルで、「守る範囲」と「見せる範囲」を先に決めることです。これが曖昧なまま出願すると、公開してはいけない肝まで外に出たり、逆に見せるべき強みを隠して営業に使えなかったりします。
1. まず切り分ける:公開して良い要素/隠す要素
特許出願をすると、原則として一定期間後に内容が公開されます。
つまり「出願=守る」だけはなく、「出願=公開が前提」でもあります。だからこそ、出願前に公開してよい要素と、隠すべき要素を分ける必要があります。
切り分けの考え方は、次の2軸です。
軸A:模倣されやすいか(再現可能性)
- 文章と図面だけで再現できるなら、模倣されやすい
- 設備・技能・データ・運用がないと再現できないなら、模倣されにくい
軸B:競争力の中核か(差別化の源泉)
- これがないと勝てない『核』なのか
- それとも 周辺の工夫なのか
ここから見えてくるのは、次の整理です。
- 公開して良い要素(見せる要素)
- 顧客に価値が伝わる「効果」や「使いどころ」(何が良くなるか)
- 競合が簡単に再現できない前提(設備条件や運用が必要な部分)
- 技術の全体像(ただし核心の手当ては伏せる)
- 隠す要素(守る要素)
- 再現性の高い手順・条件の核心(数値条件、配合、加工順序の肝)
- 品質を安定させるノウハウ(トラブルの芽を潰す勘所)
- 見積・受注に直結する判断基準(採算を守るルール)
ここで重要なのは、「隠す=何も出さない」ではないことです。
見せるべきものを見せないと、受注に効きません。 一方で、核まで見せると真似されます。だから「見せる範囲」と「守る範囲」を分けます。
2. 「特許×秘密×先行開示」を使い分ける
切り分けができたら、次は『守り方』と『見せ方』の手段を選びます。代表的な選択肢は、特許・営業秘密(ノウハウ管理)・先行開示(公開して他社の特許を封じる)の3つです。
ここでのポイントは、すべてを特許で守ろうとしないことです。特許には強みも弱みもあります。
2-1. 特許が向くケース(あえて公開してでも守りたい)
特許は「公開と引き換えに独占権を得る」制度です。
だから次の条件が揃うほど、特許が向きます。
- 競合が模倣しやすい(再現性が高い)
- 模倣されると市場を取られる
- 権利範囲を言葉で定義できる
- 侵害の発見がある程度できる(外から分かる/製品に現れる)
例:構造・形状・工程の特徴が製品に反映される技術、装置構成など。
特許化の狙いは、必ずしも「訴えるため」ではありません。
実務では、営業で『参入障壁』として語る、取引先に『独自性』を示す、採用や金融機関に『技術の裏付け』を見せるなど、使い道は多いのです。
2-2. 秘密が向くケース(公開すると損が大きい)
一方で、次のような技術・ノウハウは、特許で公開して守るよりも、秘密(営業秘密)として守るほうが適しています。
- 条件や手順が核心で、文章にすると他社が再現できてしまう
- 製品からは中身が見えにくく、侵害されても気づきにくい
- 職人の勘所や微調整など、運用に価値の中心がある
- 変化が速く、権利化している間に内容が古くなりやすい
ただし、秘密で守ると決めた場合に重要になるのは、そのノウハウが外に漏れず、社内でも失われないようにする『管理の仕組み』です。
口頭伝承だけで回っているノウハウは、外部への流出リスクがあるだけでなく、担当者の異動・退職や世代交代で社内から消えてしまうことがあります。
そのため、秘密として守るなら、最低限、次の点を決めて運用します。
- 誰がアクセスできるか(権限の範囲)
- どこに保管するか(紙・データの保管場所、持ち出しルール)
- どの場面で共有するか(教育、外注先・協力会社への開示範囲)
- 異動・退職時にどう引き継ぐか(引き継ぎ手順、回収・無効化)
つまり、「秘密にする」と決めた瞬間から、管理の設計も経営課題になります。
2-3. 先行開示が向くケース(取られないために『先に出す』)
もう一つ、見落とされがちなのが先行開示です。
自社で特許を取らないとしても、他社に特許を取られて動けなくなることがあります。
そこで、あえて公開(論文、展示会資料、Web、カタログ、技術記事など)して「公知」にしておけば、他社が同じ内容で特許を取ることを難しくできます。これが先行開示の発想です。
先行開示が向くのは、次のようなケースです。
- 権利化するほどではないが、取られると困る
- 業界標準化したい/自由に使える状態にしたい
ただし注意点があります。
先に開示した時点で、自社も原則として特許が取りにくくなります。
だから、先行開示は「守る範囲」と「見せる範囲」を切り分けたうえで、意図的に行う必要があります。
3. 出願前のチェックリスト:活用設計を1枚に落とす
最後に、出願前に最低限決めておくと失敗しにくい項目をまとめます。
難しい議論は不要です。A4一枚で構いません。
- 目的:何を守るのか(:利益・売上・競争優位)
- 守る範囲:核心はどこか(条件/手順/データ)
- 見せる範囲:顧客に伝えるべき価値は何か(効果/用途/強み)
- 手段:特許/秘密/先行開示のどれを選ぶか(併用も可)
- 使い道:営業資料・提案書・会社案内・採用・金融機関でどう使うか
- 体制:誰が判断し、誰が管理し、いつ見直すか
ここまで決めてから出願すると、特許が『満足ための記念品』ではなく、経営の武器になります。
まとめ:特許は「取るか」ではなく「どう使うか」から逆算する
特許は重要です。しかし、出願はゴールではありません。
出願前に「守る範囲」と「見せる範囲」を決め、特許・秘密・先行開示を使い分け、活用まで設計する。ここまでやって初めて、知財(特許・ノウハウ・先行開示)は、取引の成果として「受注率の向上」「単価の上昇」「粗利の確保」に効いてきます。
もし今、現場に「うちだけの工夫」があるなら、最初の一歩はシンプルです。
その工夫について、次の問いに答えてみてください。
- これは見せると売れる部分はどこか?
- これは見せると真似される核心はどこか?
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